悩んだり、苦しい時、読んで欲しい本に出合いました。~「一日一生」酒井雄哉

こんにちは、ふうでごうです。

「一日一生」

この言葉ご存知ですか?

ふうでごうは、「一日一生」聞いたことはあったかもしれないのですが、
意識したことはありませんでした。

字が表す通り、
「今日のできごとは、今日でおしまい。」

そのままですよね(笑)

この言葉「一日一生」
日々の生活の中で意識できるようになった本を読んだので、
ご紹介します。

一日一生 著者:天台宗大阿闍梨 酒井雄哉

ふうでごうが、迷走街道爆走中(以前記事に書かかせていただきました。)、

何ができるんだろう?

何のために生きてるんだろう?

って悩んでいた時

何か、答えが書いてある本はないかと、本屋さんに行ったのですが、
本屋さんの中をウロウロとしていた時に、
ふと目に入ってきたのが




一日一生  著者:天台宗大阿闍梨 酒井雄哉


この本の一つ一つの言葉、文章が、

心に染み、


まるで、自然の音だけが聞こえるお寺で

目の前に、大阿闍梨酒井さんがいて

ふうでごうと一対一でお話を聞いているような

そんな幸せな錯覚におちいってしまいました。

・・・
 自分なりに腑に落ちると、人はついそこで考えるのをやめにしちゃう。
こたえが分からないといつまでも考えるだろう。肝心なのは答えを得ることじゃなく、考え続けることなんだな。

「一日一生」酒井雄哉 その答えを一生考え続けなさいより一部抜粋

こんな、やさしい言葉で書かれています。


ふうでごうは、せっかちな性分で、
問いを持ったまま、モヤモヤとしているのが
気持ち悪くて、すぐに答えを見つけようと
そのことばかりを考えて、前に進めなくなります。

「何のために生まれてきたんだろう?」

この問いにも、明確な答えが欲しくて、
モヤモヤを解消したくて、
前に進めないでいました。


それを、こんな柔らかい言葉で

「考えつづけなさいよ」


さら~っと、払ってくれました(笑)。



この言葉だけでなく、この本の中には、

「生き様」

を温かく、包み込むような言葉で諭してくれます。


そして、「一日一生」
この言葉に出会うのです。

天台宗大阿闍梨 酒井雄哉さん

もっと、本「一日一生」のことを書きたいのですが、
その前に、この本の著者である、大阿闍梨酒井さんのことを
知ってもらってからの方がいいと思い、先にご紹介します。


天台宗といえば、比叡山延暦寺

天才ひぇ~、真空パック(だったような。。)

天台宗・最澄・比叡山延暦寺  
真言宗・空海・高野山金剛峰寺

中学、高校で覚えた、語呂合わせです笑。


今回この記事を書くにあたって、初めて知ったのですが、

延暦寺というお寺はなく、

比叡山一帯が「境内」で、いくつかの大きく3つのエリアに分かれていて
そのエリアをまとめて、天台宗の総本山となっています。

そのエリアの1つのお堂
比叡山飯室谷不動堂の長寿院住職として
大阿闍梨酒井さんはいらっしゃいました。
(2013年に亡くなられています。)

比叡山延暦寺には、1000年の歴史がある厳しい修行があります。

・回峰業 (拝みながら山谷を巡る)

・籠山業 (山に籠って修行する)

大阿闍梨酒井さんは、この厳しい修行のうち回峰業である
千日回峰行を2回行いました。

この千日回峰行、7年かけて、1000日間
比叡山山中の200数か所を巡拝しながら歩く修行です。

この修行のいでたちが修行の厳しさを物語っています。


白装束に草履を履き、死出紐を肩に掛けt宝刀を腰につけています。

行を挫折したら自戒する覚悟のいでたちなのだそうです。


1年間に歩く日数、距離、歩く行程は決められており、
1日に歩く距離は修行日数で変わり30キロ~85キロ。

回峰を700日終えると、不動堂に9日間籠り、
断食、断水、不眠、不臥で不動明王の真言を10万回唱える
「堂入り」という行があります。

歩く距離は7年間で延べ4万キロ近く、地球1周分になります。

回峰業を無事に成し遂げると、大業満大阿闍梨(だいぎょうまんだいあじゃり)
という尊称が与えられます。

この千日回峰行を戦後成し遂げた方は12人
大阿闍梨酒井さんのように、
2回成し遂げた人は、比叡山の焼き討ち以降3人しかいないそうです。

こんな凄いことを成し遂げた人の本だから、
難しいのでは?
とおもうかもしれませんが、
本から抜粋させていただいたように、
とても柔らかで、自然体で読みやすく、心に響きます。


この本は、この大変過酷な行を通して、また日常を通して、
時に悩んだり、落ち込んだり、迷ったりしたこと
悟ったこと、感じたこと、嬉しかったことを沢山まとめた
人間味あふれる、
光のような本です。

一日一生

・・・・
 そしてまた、新しく蘇って出ていく。今日の自分は今日でおしまい。
明日はまた新しい自分が生まれてくる。
 一日が一生、だな。今日失敗したからって、へなへなすることない、
落ち込むこともない、明日はまた新しい人生が生まれてくるじゃない。
 それには、今日を大切にしなかったら、明日はありませんよっていうことでもある。今が一番大切だってことだよ。
 今自分がやっていることを一生懸命、忠実にやることが一番いいんじゃないのかな。

酒井雄哉「一日一生」第一章一日一生より


この「一日一生」の大阿闍梨酒井さんの言葉を読んだ時、
今まで、ふうでごうは軽く人生を生きてきたな。
目の前のことに真剣に取り組んでいただろうか?
こんな生き方していても
「何のために生きているのか?」
の答えなんか見つかるわけないよなっておもいました。


まずは、やるべき事、
目の前のことを見て、ちゃんとやってると
ふうでごうの求めている答えは
見えてくるかもしれない・・・。

と、ふわふわ浮いていた足が、
地面にストンと落ちて
足の裏で地面をやっと感じるようになりました。


悩んでいる時、困っている時、大ピンチの時って
それを乗り越えたり、誰かに諭されたとき、
気が付くのですが、

周りが見えていない
呼吸も浅く、
心ここに在らずってことが多いですよね。


そんな時こそ、
「生かされている」
という意識をもって、
地に足をつけて、
しっかりと目の前のことを見てみる。
そして、今日をしっかりと生きる。

「一日一生」

今日の私は終わり、明日は新しい私

「何のために生まれてきたのか?」

の問いを考え続ける

そうやって生きていると、
進むべき道が見えてくるし、
いつしか、進むべき道を歩いているのだと
諭してもらいました。

なんかうまくいかないな・・
これからどうしよう・・
と悩んだり、
いろんな事で
頭の中がいっぱいいっぱいの時、

この本を読んでみることをおススメします。

温かな光が、心、頭のなかに入ってきて
気持ちの「仕切り直し」ができると思います。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

     

風を感じて一人あるき。

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